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大橋東袂西公園側の木蔭に静もれる
切支丹殉教碑については、その昔に
県高校放送部の取りまとめであった
HS先生より教えて貰ったのだった。
彼は自らテレビカメラ機材を購入し、
訓練された部員諸君を引き連れ県内
各地を取材、切支丹殉教史に関する
ドキュメンタリー番組を完成させた。
顧問会議の終了後、彼に手招きされ、
編集済みの作品を視聴の上で意見を
求められたことがある。自ら渾身の
初作品を仕上げた後は、部員諸君は
唯偉大な顧問の監修を受けるだけで、
すでに全国大会レベルの実力集団に
急成長したのであった。
彼の指導するS学園高が怒濤の全国
制覇を続ける中、社会科教員である
彼はようやく本来の教科研究も兼ね、
夏の公務日程終了直後に渡米、年来
果たせなかったグランドキャニオン
探訪の旅を楽しんだ。
渓谷一帯を覆いつくす満天の星々を
眺め、生徒諸君にこの光景を持って
帰ってやりたい、とノートに記した
翌日、彼の運命の細糸を司る女神は
無情な鋏を振るったのだった。
下流で発見されたというその報告は、
満腔の哀しみを日本に伝えることに
なってしまった。
母校近くの教会で執り行われた葬儀
で腕章をつけた部員諸嬢は、流れる
涙を拭おうともせず、カメラを回し
続けていた。
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その切支丹殉教の碑の、向かい筋の
古書尚古堂にて荷風関連本を探すも、
目ぼしきものは一冊も見当たらない。
冷房も不調の様子にてヘッセの一冊
『人は成熟するにつれて若くなる』
(老年と死をテーマとするエッセイ集)
を収穫とし早々と撤収、街へ向かう。
青葉通の樹蔭を、自転車にて下れば
この上なく爽快、瞬時に駅前に到着。
Bックオフにて諸本漁れど収穫なく、
「源氏」関連本を手に取れば、その
文脈の煩しき人事に思えて棚に戻す。
濱田耕作『通論考古學』を幸い発見、
且つ、Forrest Carterの名の懐かしく
"The Education of Little Tree"も得て、
同じ階の蕎麦屋に移り盛一枚と冷酒。
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濱田博士の本をパラリと開き見るに、
以下の箇所に眼が止まった。
「墳墓は人類聚落を距ること遠からざる地点に設けらるゝを常とするを以て、其の群集地即ち墓地(cemetery)の存在は、附近に聚落の存在せしことを暗示するものにして、都市の遺跡不明なる場合と雖も、之が推定に資す可きなり。」
盃を持つ手が止まり、蕎麦啜りつつ
涙の滲んで来るのを禁じ得なかった。
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今宵は「ブルームーン」であるとか。
一月に2回の満月の、二度目の月を
言うらしい。先程散歩に出て眺めて
来たのですが、とても佳い月でした。
"once in a blue moon"という表現は、
「滅多にない珍しいこと」の意とか。