◆集合住宅の大規模修繕工事を間近に控え、ベランダの植木鉢の整理をし始めて、何故か「整理本能」が発動してしまった。ある種のドーパミンが出るのかもしれない。各室に増殖している本類も、体脂肪も、これを契機にスリム化を図ることにした。徐々に減っていく様を目の当たりにすることに爽快感を覚える今日この頃。
◆衣類にしても、四季各々に複数着あれば既に贅沢だ。本の処分も衣類の整理も、地層の底から思わぬものが発掘される感慨もある。
アンドレ・ブルトンの『シュールレアリスム宣言』が「集成」版の他に単行本で出てきた。かつての勤務校でご一緒した英語科講師のM先生が下さったものだ。教員室の机を挟んでH.E.ベイツの“Chaff in the Wind”についてお話ししたことがあった。宴席では『城ヶ島の雨』を澄んだソプラノでご披露されたこともある。ご葬儀の際に遺影を拝見しつつ、そんなことを思い出したのだった。
◆熊本の従妹Y子の『ダイアリー』も二冊出てきた。幼児期に手足麻痺の難病を得た彼女の学校生活や思春期の成長記録が、家族ぐるみのドラマとして綴られている。TV映画化もされており、送られたそのDVDをつい先日、勤務校の生徒諸君と一緒に観たばかりだった。彼女の突然の訃報を受けて愕然とするものがある。
◆O先生の奥様から(遺品分けに)頂戴した「山鹿素行」の生原稿も、本の堆積の間から出てきた。既に一読後お礼の手紙を差し上げたそのご返事も挟まっている。死蔵し処分されるべきものと、そうあってはならないものとがある。早速その入力を始めることにした。
◆連日の本整理と段ボール箱詰めに、腰と膝の靱帯が伸びたのか歩行おぼつかなく、卓上電波時計に触れて落としてしまった。突然鳴り響く「蛍の光」の電子音と共に、画面がリセットされた。ア~ア、と思いつつ年月日・時刻と合わせていくうちに2016/03/11とセットして、嗚呼、もう五年が経つのかと思った。
◆そんな本の整理の合間に勤務校の卒業式に参列、懐かしい顔々を見送った。「時の早瀬に、流るる星影…」その歌詞をくちずさんだ時、不覚、胸が詰まった。
熊本の葬儀に単身飛行機で参列して来た老父から、過日の帰省で腕時計を手渡された。昭和の年号と同じ年齢の父が若かりし時、印度赴任にあたって記念に拝領したという手巻き式の時計だ。毎朝竜頭(りゅうず)を巻いては、命長かれとひそかに祈っている。
諸々の御霊に
合掌