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2012歳旦 燭龍棲塞門 光耀猶旦開 (燭龍塞門に棲み 光耀猶ほ旦開くがごとし) 燭火(ともしび)をくわえた龍が 北極の寒門山に棲(す)む その光耀(かがや)けば まるで朝日が昇るかのようだ 李白の楽府(がふ)「北風行」の冒頭ですが オーロラの表象とも言われるようです Aurora(暁の女神)よ 地上に光を満たし給え
ホッとするエピソードを一つ 亘理の海岸付近のお宅での 泥掻きボランティアの日のこと 一階部分が流されたそのお宅の 露わになった土台の上に一匹の犬 長い紐でつながれているのだけど 片耳垂れた雑種の、名前はフクちゃん 昼休みの休憩にご主人にうかがえば 津波当日 勤め先から命からがら帰宅すると 一階が流された状態で、ベランダに 鎖で繋いでいたフクちゃんの影もなし 既に諦めていた一ヶ月後、奥さんの 車を追って走ってきた一匹の犬 見ると確かにそれはフクちゃん まさに奇跡の帰還というお話でした そんな大層なことでは・・・ といった感じのフクちゃんは ”奇跡もまた当たり前”という表情で 幸福のフクちゃんなのでありました あらずもがなの付録話ですけれど 庭に流れ込んだ土砂を沢山袋詰めして 奥さんが植えていたチューリップの芽が ようやく頭を出して復元にこぎつけた そのお宅の側溝付近にフト発見したのが 何とこれまた 前回の出来事に次いで「法華経…」の文字 別に特定の宗派の信者ではないのですが 前回以来の不思議なご縁にちょっと寒気。 ただ、今回は雑誌特集のような本だったので 手に取ることもなくお見捨て申し上げました。 ニュースで取り上げられる奇跡秘話の類 実はあちこちに起きているのだろうと思われた ことでした 奇跡とは当たり前のように生じるものだろうし 当たり前であることが やはり奇跡なのかも知れません
この記事は三ヶ月前に記したのですが 自分のメモとしての意味しかないので そのままにして以来、久しく更新せぬ状態に 被災地ボランティアでへたばったのでは? とのご心配の向きもあり、取り敢えず掲載、 生存通知と致します。 @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@ (2011/05/07 20:51) TVニュースで画面に見えた「震梵音声」の文字が 気になり、検索して調べたところ以下の通り 「万国津梁の鐘」の文字だということで 沖縄県知事公室第1知事応接室の屏風に 記されていることがわかった。 http://www.pref.okinawa.jp/chiji/byoubu/01.html 吾王出現 済苦衆生 截流玉象 吼月華鯨 吾が王出現して、苦しめる衆生を済(すく)ふ。 流れを截(た)つ玉象、月に吼(ほ)ゆる華鯨(かげい)、 泛溢四海 震梵音声 覚長夜夢 輸感天誠 堯風永扇 舜日益明 四海に泛溢(はんいつ)し、梵音声(ぼんおんじょう)を震はし、 長夜の夢を覚まし、感天の誠を輸(いた)す。 堯風(きょうふう)は永く扇ぎ、舜日(しゅんじつ)は益ます明らかなり。 戊寅六月十九日辛亥 大工藤原国善 住相国溪隠叟誌之 @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@ TVニュース画面の衝立に見えた「震梵音声」という文字は 当然、『妙法蓮華経』観世音菩薩普門品第二十五にある 「妙音観世音 梵音海潮音」の詩句を呼び起こしたのでした。 峻烈を極める此の世の悲惨に於いても 人は超越的なイメージで自己の快復を 信じることが出来るように思われます。 「希望」とはそういうことを言うのかも知れません。
いつの間にか「大型連休」が終わりかけているけれど 「大震災」の後では まるで春の霞のような印象だった 「ゴールデン・ウィーク」という呼称の「ゴールデン」も 何だかくすんでいるような気がした (ダミアの歌では「暗い日曜日」というところか…) ふと両手の爪を眺めたら左右の人差し指と中指に 横溝が2、3本入っている 縦縞と白斑は珍しくないのだけれど こんな横溝は初めて見る 病院の坂を登ると手毬歌が聞こえそうだ… 今回の震災で日本全体を様々な声が覆った 自分の住まいと街が飲み込まれるさまに呻く悲鳴 自分の身を捨てて避難を呼びかけ続けたマイクの声 空虚にしか響かない自己弁護と「励まし」のコトバ しかし本当の独りの苦悶に声はなく 真に寄り添う行動は沈黙の中に発揮される 日本中が総服喪状態の中にあっても 「被災」は「復旧」に そして「復興」へ到ろうとしている (原発事故だけは未だに不安要素が拭えない) 報道された沢山の感激的な事柄はさておき 人の心の有難さは身辺に幾波も届いた 安否を問うて下さる電話やメール 更には 情況を推察なされた往復葉書は嬉しかった 親戚のみならず旧友・元同僚から届く段ボール 何十年も会っていない中学の同期クラス会から 送られた支援の金品の数々… より大きい困難を抱えている方々 及び施設を 巡ってそれらを配って歩く日々は 自分の生涯 これまでにない「人との繋がり」を意識させてくれた 同志に誘われて行ったのだから本当の意味での VOLUNTEER(自由意志による志願兵)とは 言い難いのだけど 被災地域での支援活動は 性格的に他人とはなるべく没交渉で居たい自分 にとっては大いに刺激的なことだった 手続きの後で要請を待つホールで 泥掻き要員を 募る声に一斉に手が挙がること ただそれだけに 涙ぐましい思いのする初心者には 何のレポートも する資格はないのだけれど 一つだけ稀有な思い のするものに出遭った 辺り一面根こそぎ押し流された一帯の 防風林の松の 折れた太い幹が 倒れた電柱に引っかかっている そんな風景を左右に眺めつつ要請農家の車で赴き 幾棟ものトマト栽培施設に溜まった泥を掻き出す 作業に出た時のこと 翌日は腰痛と手のマメに悩む軟弱のスコップ作業 汗が溜まって視野を塞ぐゴーグルを外して地面を よく眺めてみると 何やら汚れた紙の塊がある 手に取れば 漢字ビッシリの辞書のように見えた 横に据え置いたそれを休憩時間に改めて見ると 表紙が取れてボロボロに解体寸前のその本は 『妙法蓮華経』であった 作業終了時 20人余りのボランティアを前にして 当家の御礼挨拶に曰く 「全て流されて泥に埋まっていたのですが 皆さんのお働きで 再開の希望が湧いてきました 収穫の時が来たら是非皆さん 又おいで頂きたい…」 県内外各地より集まった人々から拍手が湧いた 先程の『法華経』を手に こちらのお宅のものならば お返ししようと思ってたずねてみると 恐らくどこからか流れて来たものであろうとのこと もはや本の体裁もない紙の塊の 叩けばいつまでも 泥と埃が出続けるその経典を上着のポケットに入れ 被災供養のために頂戴してきたのであった もっぱら施設内の泥掻き作業に従事していたので 後で聞いた話なのだけれど 掻き出した泥を一輪車で捨てた泥山の向こうには 一面の菜の花が咲いていたのだそうだ 泥土の中から咲いた 一面の菜の花 一面の菜の花… 穏やかな海は 一切を押し流したあの日の海ではない 防波堤のコンクリート壁が砂細工のように破壊された 海岸の砂浜を歩いてみた 波打ち際の砂に墓標のように活けられた花束が 打ち寄せる波に向かって静かに佇んでいた ![]() 脈絡もなく 石巻の海岸に打ち上げられた大型漁船を思い出した 陸に打ち上げられた鯨のような哀しさのその船の 横腹には 倒れぬように溶接された太い鉄骨が数本 雨の中 斜めになって船を支えていた。 cf. 「風景」(純銀もざいく) 山村暮鳥 いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな かすかなるむぎぶえ いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな ひばりのおしやべり いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな いちめんのなのはな やめるはひるのつき いちめんのなのはな。 初音ミクに歌わせると こんな風です http://www.youtube.com/watch?v=86X1S8zFI9U&feature=related
原発事故の危機が依然逼迫している現在 昨夜も震度6強の余震が起こりました。 当地でもライフラインはじめ交通機関等 の復旧が見え始めていただけに、収束への途は 平坦なものではないことが改めてうかがえます。 大地が揺れ動くことで 生活と精神と感覚が揺すぶられ 日常のシステムが解体再編成され そうすると これまでの「言葉」が より一層胸の奥に沁み込みやすくなるものですね 迅速な行動の時機であると同時に 切実な読書の時機なのかもしれません 数十キロ四方、大型爆弾で壊滅したかのような 被災現場のあちこちを目の当たりにする昨今、 遺体安置所で安否不明の知人の名を名簿で 探し続ける不安と怖れの中、そんな折りしも、 下記のような文章に出逢いました。 「見渡すと、数マイル四方、吹いてくる風を妨げるものは、この柵と、わたしの頭上にそびえる数本の木しかありません。柵のいたるところに――とくに下側の有刺鉄線に――ありとあらゆるごみが引っかかり、絡みついていました。海岸線に打ち上げられるがらくたのようです。何マイルもの遠方から風に運ばれてきて、ようやくこの木と二本の有刺鉄線に止めてもらったのでしょう。木を見上げると、こちらでも、上の方の枝にビニールシートやショッピングバッグの切れ端が引っかかり、はためいています。そのとき――不思議なごみを目にし、平らな畑を渡ってきた風を感じながらそこに立っているとき――わたしは少しだけ空想の世界に入り込みました。<略> 木の枝ではためいているビニールシートと、柵という海岸線に打ち上げられているごみのことを考えました。半ば目を閉じ、この場所こそ、子供の頃から失い続けてきたすべてのものの打ち上げられる場所、と想像しました。…」 カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』(土屋政雄訳)より 自らと仲間との「此の世に生まれた意味と役割」を 不安と恐れと一筋の希望を胸に探りつつ生き抜こうとする 主人公のキャシー、その大事な人を喪って後の感慨が 上記の場面にこめられていたように思います。 果てしなく「進展」する遺伝子工学、原子力開発等々の科学技術 そして、それがもたらす人間の欠損…。 ”LOST CORNER”「喪われた場所」ないし「落し物コーナー」 そこに行けば「子供の頃から失い続けてきたすべてのもの」に 出逢えるそのような場所… 被災地の木や柵に絡み付いた無数の「ごみ・ガラクタ」は しかし喪った側の者にとっては奪われた人生そのもの… キャシーは地平線に浮かぶ愛しい人の面影を見つめます。 彼は手を振り、彼女に呼びかけるのですが、 彼女は自らに対して「進むことを禁じました」 「…顔には涙が流れていましたが、わたしは自制し、 泣きじゃくりはしませんでした。しばらく待って車に乗り、 エンジンをかけて、行くべきところへ向かって出発しました。」 カズオ・イシグロの第六長編『Never Let Me Go(わたしを離さないで)』<*>は そのようにして頁を閉じます。 映画版も、このラストシーンを的確に映像化しているようです。 このように紡がれた物語は、象徴の膜を通して読むとき 「果てしない自己保存欲求」への静かな抗議にとどまらず 特殊な宿命の登場人物の悲哀と希望に終わることなく 私たち一人一人の在り方に深く気付かせてもくれます。 <*> 邦訳版の表紙の「カセットテープ」は 原書ペーパーバックの表紙の「踊る少女」と共に 作品の重要なモチーフとして重なります。 (架空の歌手)Jury Bridgewater歌うところの "Never Let Me Go"が一層悲劇的です。
生活にも原発事故にも 電気・水系統のシステムが復帰 し始めたように見えたこの数日 ぶり返しのように黒煙が出たり はたまた異常温度発生など 依然予断を許さぬどころか 一層の不安要素が発生中。 福島県に隣接する本県では 放射能検知データや風向き情報が 装置の故障か何かは知らねども 一向に不明です <☆> 関東近県の農作物や東京都の水系から 放射能汚染の実体が報道された昨日 高校の同期Y君(千葉在住)からメールあり 下記の山内レポート等を紹介してくれました SPEEDI<*1>による情報も (本来の「予測」でなく「後追い」ながら) ようやくTVでも紹介され始めたようですが これまでの例の「同心円状危険地域」のみの 「安心報道」がどんなに薄ら寒いことか… ことさら不安をあおる必要はないけれども 進行する事態をきちんとわきまえて 生じ得る深刻事態に備えること それが「安全」というものかもしれない 今回の被災地域で直接被災は免れたものの 農家に嫁いで野菜を送ってくれた教え子は 今、風評被害の今後を厳しく憂えている由 情報に踊らされる向きもあるけれど 情報で沈静する対策ある構えも必要かと スウェーデン国立スペース物理研究所(IRF)の 山内正敏氏による「放射能漏れに対する個人対策」 http://www.irf.se/~yamau/jpn/1103-radiation.html この山内氏の意見に対して当然色んな修正意見(反論) 「東北大学の北村名誉教授」のコメントもあります (北村正晴氏か北村晴彦氏か、関連記事では混乱も?) NILU<*2>による福島原発からの飛散予想図(5日先までの分布予想アニメーション) http://transport.nilu.no/products/browser/fpv_fuku?fpp=conccol_I-131_;region=Japan METEO FRANCEによる”Accident de Fukushima” これは2週間先までの太平洋レベルの予想分布アニメーション ま、大気の流れはその通りでしょうけど、拡散による稀釈も当然 http://www.irsn.fr/FR/popup/Pages/irsn-meteo-france_19mars.aspx 決定的な悲劇が見舞った地域には 子供達のPTSDも出始めているらしい 一部カウンセラー諸氏の中には 停滞する組織を離れて独自の支援活動計画も 動き始めているようだ 手が動く者は手を 足が達者な者は足を 手足不如意だけど頭を働かせる者は頭を お金や物資を出せる人は募金救援活動に 「義捐(援)金」に関する英文サイトに 「OMNIBUS」とあって、なるほどと思いました ラテン語のomnisとは「全ての(人々)」 その複数与格がomnibus(みんなの為に) (”みんなのため”の乗合自動車をBUSと呼ぶのは このオムニバスの省略形でしたね) <*1>SPEEDI 緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム <*2>NILU Norsk institutt Luftforsking(ノルウェイ大気研究所) <☆>2011/03/25 放射線モニタリングの状況と 環境放射能水準調査結果が 文部科学省提供で都道府県別に見られます http://eq.wide.ad.jp/index.html
同窓会諸氏からもご心配のおもむき HPでのメッセージありがとうございます 御地でも大変だったことでしょう 壊滅的な被害を受けた地域の方々には 申し訳ないくらい軽度の当方の状況ですが 前回以後途絶えたネットが復帰しましたので 気付いた範囲で以下メモ致します 当地震度6強とのことですが周囲に倒壊なし 現在深刻懸念の原発事故原因もそのようですが 津波による破壊こそ怖ろしいことが思われます ①命と住まい 猫金魚に到るまで皆命に別状なし 居住マンションは外壁基部一部ひび割れ 室内は食器戸棚が観音開きの扉を 開閉繰り返して20センチほど移動 壁掛けの額・時計に落下はないものの 立て掛け式の額や棚上の物は殆ど落下 貴重なものほど割れて紙袋一杯廃棄 書斎初め各室の壁に付けた書棚は殆ど不動 本の飛び出しも少なかったのですが 書斎ドア内側の天上突張り式書棚が倒れ 隣の書棚の肩を借り辛うじて斜め静止状態 その前に積んだ本の壁がすべて崩れ落ち ドアを完全に塞いだ状態で部屋に入れず その復帰作業に一両日難儀しました そのうちに何とかしようと思う箇所あれば 即刻対処すべきとの教訓新た… ②電気・燃料 一両日してようやく通電するまで懐中電灯生活 「停電→蝋燭」という図式は地震停電には危険 電池式・手回し発電式ラジオライトが情報と安心の要 天上からぶら下げるか卓上で天上に向けるかすると 部屋がボンヤリと明るくなり人心地 丸一日使った頃に消えてしまった電池式懐中電灯 電池切れかと思いきや豆電球が切れてました (電池だけでなく豆電球も備蓄必要か 又はLED式) オール電化のためカセットコンロで煮炊き ショップ店頭でもボンベはすぐに払底のため 数缶常備しておくことを痛感 車を使わないことでガソリンとは無縁ですが 公的輸送車限定・優先のため給油を求める車は 長蛇の列 どこそこのGSで給油可能などという情報も 信憑性ままならず、ミキシィで確認したとか ③水 マンション水槽蓄え分が一時出ましたが 本管復旧までの数日は断水状態 回復するまでは浴槽などの溜め置きで凌ぎ 公園を回っての水汲みも長蛇の列 情報を得た教会裏の小さい公園は何と無人 ごみ収集ビニール袋をリュックの内側に入れて 12リッター持ち帰れたのは幸い 小規模公園の水・トイレの有用性を知りました ③暖房 ボイラー働かないため全室温水パネル暖房不可 オール電化のため不要と一台のみベランダ保管していた 石油ストーヴを引っ張り出し、石油販売小売店を回って 一缶自転車で持ち帰り (オイルライターを数本補充できたので、最悪状態が 続いても、生きてる間すべて読みきることもあるまい 書物群を燃やして暖を取ることもできます たとえ氷河期でもしばらくしのげるかも…) ④食料 コンビニなど各ショップは長蛇の列 略奪を怖れて紙を貼り店内を見えなくした後 早々と閉店する店も多い中 生協などは一人10点(1点100円)店頭販売 心ある小売店では出来るだけ日々工夫して 商品提供してくれてもいます 小規模復旧した飲食店では店頭でテイクアウトの 食品を販売、店によっては「お金は有る時払いでOK」 との暖かい表示があったりします あちこち慰問連絡するところに食品提供したり されたり、渡す先でかえって又頂いたり… 歩いて父親の所へ行くという生徒は普段とは 違う緊張ある面持ち、コートのポケット探って 一掴み入れていた飴やチョコを渡して見送りました さて最悪状況では 金魚、猫…と食べていくのだろうか 尾田栄一郎の漫画『ワンピース』の登場人物 料理長ゼフの義足の理由… 無人島で限りある食料を少年に与えた後 彼は断ち落とした我が片足を食べて 命を繋いでいたのでした… ⑤ネット・電話 地震翌日復帰するも以後切れ切れの状態でしたが やっと昨日から大体使えるようになりました 当マンションの契約プロバイダではNTTの回線を 借りていることがあちこち確認の末判明 当のNTTには電話つながらずひたすら待ちました 地震直後ないし最中には携帯つながり緊急連絡可能 すぐに各電話会社は規制を始めて連絡途絶 公衆電話の無料提供(最初に10円入れて掛け 終了後に戻る)これも長蛇の列 全盲独居の知人宅へ地震翌日に慰問したところ 電話が不通状態、マニュアルみても解決せず 詳しい友人の話では電気式でない単純機種を挿せば 大丈夫のはずと聞き、探し回るも見つからず ネット回線回復の頃にようやくそちらも通じた由 買出し難民や車が道を塞ぐ中、外出し難い人の 情報端末が如何に大事か思わされました ⑥職場 現旧職場の人員建物には大きい被災はないものの 旧職場の寄宿舎では帰宅できない通学生も合わせて 食堂に布団敷き詰め避難宿泊 被災地に実家を持つ人らに深刻な状態もある模様 現職場でも帰宅不能の生徒らが聖堂に数日宿泊 当面休校措置の上、追って検討の由 予定されていた転入試験のデータを昨日持参するも 日程は来週以降に大幅にずれ込んでいました ⑦コミュニティ マンション住まいのみならず付き合い希薄の昨今 共通する不便不安の中、情報共有の機運高まり 見知らぬ人との直接コミュニケーション広まる 被災地の知人に車で駆けつけ自宅へ多数収容し 自主炊き出しを行う家族も見受けます 悲惨な状況はむしろ暖かい人間の心を灯す機会 ともなっているようです ⑧被災者の「数」 メディア情報が伝える被災者の数の情報が 被災地居住の教え子・知人との安否確認で 「家族死去・家屋流失」など具体的な情報に 今変わりつつあります ⑨玉音放送 昨日TVで今上天皇による国民へのメッセージ (「途中緊急ニュースがあれば中断するかも」 と前置きした某テレビ局は何処の国所属か) 民を思う深いお心に溢れるお言葉だった 憂慮される原発事故危機のため国外退避の 特権的人種が噂される中、時機を見て被災地 慰問も考えておられる由 決して退避されることなく国民と運命を共に されることで日本の美しい精神的永遠性が 国内外に示されるのだろうと思います ⑩原発事故 前回のPSにも記しましたが 余震の心配がやや薄れていく中 目下原発事故の行方に関心集中 福島県知事の会見にもうかがわれたとおり 「死ぬのは福島県民だけではないぞ」との 憤怒あるメッセージを感じ取りました まさにエゴでしかないのですが風向きが心配 昨日雪の中の買出し等の外出は不安でした 原発に限りませんが、全国あちこちの場所で 決死の覚悟をもって任務遂行される方々の 限りない使命感に満幅の敬意を表します <*> 家族家屋を亡くした方々 避難所で悲嘆に堪えている方々 皆さんのお心の如く 昨日からの雪が激しく舞う中 隣家の白梅が満開です 地震も原発事故も もはや日本全域の問題 御地もどうぞご留意なされますように <*> 定年退職を半年後に控えて 福島に赴いた原発技術者59歳 安穏とした老後生活を考える者には 胸を衝かれる話です
旧友諸氏からお見舞いメール ご心配頂き有難うございます やっと今日ネットも繋がりました 世紀レベルの巨大地震の威力 津波との連動で悲惨な事態が 刻々と報道されています 馴染みの地名が次々に 壊滅した地域として報道されます 現役専攻科の皆さん 元同僚、卒業生の方々… 住所は確か今回の被災地… ご家族とも安否が気になります 当方も昨夜ようやく通電再開 一昼夜以上経過後の灯りと水に ひとまずは命ある安心 街はまるで生活難民状態で ショップ前はあちこち長蛇の列 食料と水はすぐに売り切れ 公園の水道に数百米の人人 停電中は手回し充電ラジオを耳に 灯火管制のような懐中電灯の下 本を読みつつ啜るビール… 地震当夜は全市停電の中 見上げた空はびっくりするほどの星々 オリオン・北斗七星・カシオペアを これほどはっきり観たのは いつ以来のことでしょう。 まずは 取り敢えずのご報告まで PS 危惧される余震以上の心配は 福島原発の放射能漏れ・メルトダウン その大危機の到来はまた異種の恐怖 マグニチュード9.0と訂正しなおされた 今回の巨大地震は史上4位とされる由 そしてこれまでの炉心溶融事故としても 以下に続く史上4番目となるのかも 1)エンリコ・フェルミ炉事故(1966) 2)スリーマイル島原子力発電所事故(1979) 3)チェルノブイリ原子力発電所事故(1986) 発電の大方を首都圏へ向けて奉仕 する一方で多大のリスクを負う地方… 「輪番節電」とやら そんな構図を確認する機会かも こんな未曾有の「国難」の事態は ある意味 経済・政治・防衛の空隙状態 各国の支援も多々ある中 米軍空母の「支援」も このご時世 やはり不可欠なのでしょう…
当時大人用の自転車は黒いスチール製のしっかりした造りで、スプリング付きの皮サドルの下には三角形の工具ケースが付いていた。近づくとオイルの匂いがして子供のオモチャではない雰囲気を漂わせていた。父親が通勤に使うそれは、玄関端でドッシリした威厳を放っていたのだった。 父に遊んでもらった記憶はあまりない。麻雀屋の暗い階段の下で帰りを待っていたこともあったが、エンジニアの腕で手作りの土産の電池ボックスと豆電球セット、時折広告の裏紙に左利きの手で描いてくれる絵などは嬉しかった。自転車に乗せられて汽車を見に行ったことがある。もしかしたら、どこかに行く途中たまたま踏切で留まったのかもしれない。白い蒸気の中、轟々と通過する汽車を見つめ続ける幼児の私の傍に、きちんと立った父とガッシリした自転車とがあった。 その後小学校へ通うようになったある朝のこと、交通整理の鋭い笛の音に振り返ってみると、一台の自転車が何の違反か警官に留められていた。スッと血の気が引いた。あの偉大な自転車に乗った父親の姿がそこにあった。ピエトロ・ジェルミやヴィットリオ・デシーカらのネオ・レアリスモ映画に触れるのは、更にもっと先のこととなる。 (500字) *鉄道員(Il Ferroviere)』Pietro Germi 1956 A B C *『自転車泥棒 (Ladri di biciclette)』Vittorio De Sica 1948 part1 part2 part3 part4 part5 part6
謹賀新年 ![]() 波頭(はとう)蹴って海原翔ける兎かな * 「波兎」 浜辺に打ち寄せる白い波頭を 兎に見立てて出来た言葉かと 「なみうさぎ」とも「なみう」とも 何となく連想するのが 「あるときは舟より高き卯波かな」 (鈴木真砂女) 真砂女が銀座に開いた 「卯波(うなみ)」は 既に閉店してしまったと聞いていたら 近くで再開したという情報も・・・ * 「清波月落兎奔流」 <清波月落ちて兎流れに奔(はし)る> (建長寺僧自休、竹生島に題せる詩より) * 「月海上に浮かんでは 兎も波を奔るか 面白の島の景色や」 (謡曲『竹生島』より)
子供の頃、巷には先の戦争による傷痍軍人をよく見かけた。白衣軍帽に義手義足、アコーディオンを奏でたりしつつ、路上のみならず列車内でも喜捨を受けていた。私の記憶の中で汽車の中の彼はバイオリンを手にしていたように思う。その切なく奏でられるメロディーが何の曲だったかは定かでない。 そう言えば、何の曲か判らないのだけど…と言ってレコード店を訪れる男の話があった。 「何だかクリスマスを思わせるような曲なんです」 ピアノを教えるクララは彼のために、あれかこれかと幾つかの曲を弾いてやるが、いずれでもない。彼は去り、クララは店じまいを始める。そこへ舞い戻った彼が言う。 「確かこんな歌詞でした “ライザ・フレーエン・マイネ・リーデル、リープヒェン・コム・ツー・ミァ(秘めやかな我が調べ流る、恋人よ我に来たれ)” 「ああ、それはシューベルトのセレナーデですよ」 包んでもらったレコードを胸に 「彼女へのクリスマス・プレゼントなんです」 彼は嬉しそうに雪の中へ出て行く。 H.E.ベイツの掌編『クリスマス・ソング』は、確かこんな話だった。 記憶の中の傷痍軍人が奏でるその調べは、ガタゴト走る夜汽車の中で、今も私の頭の中を秘めやかに流れている。 (500字) ベイツのこの作品 青年が歌詞を思い出す場面には ドイツ語の歌詞が書いてあった。 ただ、ベイツはこの箇所をわざとだろうか ”Leise flehen meine Lieder durch die Nacht zu dir” とあるべきところを 確か ”Leise flehen meine Lieder Liebchen, komm zu mir! ” と書いていた。 「恋人よ、我に来たれ」というこの部分は 第一節の最後の部分なのだけれど 青年には、こう記憶されていたのでしょうね。 原文の詳細を確認しようと、書棚をあちこち探すのだけど どういうわけか、何冊もあったはずのベイツのペーパーバックが 一冊も見当たらない。 まとめて取り出したわけでもないのに まるで集団失踪事件のような・・・ 一冊一冊表紙も眼に浮かぶのに。 <*> 詳しい独和歌詞対照の頁は こちらを参照 ヴァイオリンの演奏はこちら <*>2011/01/23追記 その後ベイツの本が数冊書棚に見つかったのだけど 「クリスマスソング」所収のものが出てこない。 検索かけたら、こんな親切なサイトがありました。 "The best of H. E. Bates"が、プレビューといいながら ほぼ全部の作品が(立ち読み程度に)読めてしまいます。 (ただし「プレビューの限定範囲」があります!) 紛失の本はこのペーパーバックだったかも。 "A CHRISTMAS SONG"は9ページの短編です。
一頃から幕張メッセとかいう名称で賑やかになった辺りも当時は荒野のような地平線が続いていた。同じく列車通学のI君と私はいつも連結部のデッキに立って東京湾の彼方の富士を眺めていた。 遠の昔に名称変更してしまった黒砂駅から少し歩いた所のM中時代、昼休みや放課後の鉄棒仲間はN君とU君だった。爽やかな笑顔で下級生の女子からモテるN君はギターを爪弾きヨーデルも歌える多彩ぶりだが、鉄棒を掴んで大きくスイングしただけで優雅に円を描き始める彼の大車輪は、夕暮れの校庭に一際映えた。 一級下の彼のガールフレンドは評判の美少女、体育祭の出し物に学年の女子だけのダンスを彼女は最前列で踊った。白いブラウスに紺のスカートのプリーツが揺れた。曲はユーモレスク。哀しく美しい調べだった。 あれから数十年、いつものように喪中の葉書が舞い込む今日この頃、N君の訃報が届いた。心筋梗塞の由。余りに軽々とあまりに速く大車輪を回った挙句、遠心力で彼方に飛び出して行ったのだろうか。天空への道程にユーモレスクが奏でられているような気がする。 あの校庭の風景を共有した仲間達を偲びつつ、私は今だ人生の鉄棒にダラリとぶら下ったままだ。 (500字)
ハンカチのアイロン掛けは、適度な手作業ながら没頭できる一時だ。皺が伸び、角がきちんと揃いピシッと四角に畳まれていく様は心地よい。幾枚も重ねていくうちにフッと新任教師の頃を想い出した。 クラスの生徒の家庭訪問に幾度も足を運んだ。学校から自転車で10分程のその家の前に無人踏み切りがあり、自転車を押して歩くとガッタンガッタンと車輪が跳ねた。単線の線路は左右に真っ直ぐ伸びて夏の陽射しを反射していた。その女子生徒はうつむき加減で口数少なく、私の話を黙って聴いていたのだが、何かの拍子にハラハラと涙をこぼし始めた。「父が酒乱なんです…」どう応えてよいか判らぬまま、ポケットのハンカチを黙って手渡した。玄関まで送ってくれる彼女に会釈して家を辞した。次に訪問した時、私が腰を下ろすなり彼女はスッと立ち上がって箪笥の引き出しを開け、「先日は有難うございました」と言って、きちんとアイロンを掛けたハンカチを私の前に置いた。 彼女が抱えていた問題やら、それがどういう顛末を辿ったのかなどは既に遠い記憶の彼方に去ってしまったのだが、あの無人踏切に白く光る線路と、きちんとアイロンの掛かったハンカチーフを忘れることが出来ない。 (500字)
既に遥か彼方となった学生時代のこと。友人達の住まいの形態は、寮生の他は間借りの下宿などがまだ多かった。私の住まいは古い屋敷の庭に建てられたバンガローのような離れで、大家さんは御茶を教え謡曲を嗜む一人暮らしのお婆さん。 お蔭で窓の外は沢山の茶花がいつも咲いており、鬱蒼とした庭の木々で外界と遮断されたその住まいは、まさに桃源郷であった。 昼夜逆転してしまった私を訪ねて来る友人達は訪問時間をちゃんと心得ていて、夜半、うねった庭の小道でザワザワと木々に触れる音をさせながらやって来るので、すぐにそれと判った。一方、私の方で訪ねる場合は、困ったことに大概の大家さんの玄関は既に施錠されており、従って、明かりが点いている二階のその窓に小石をカチンと当てるのが、訪問の合図だった。 踊りのお師匠さん宅の二階に下宿していたM君の部屋は、本の量が本棚の容量を遥かに上回っており、居住空間にも積み重なった本の壁の隙間に辛うじて腰を下ろすのだった。 「呑む?」と言いつつ、スーッと開けられた押入れの中には、ズラーッとギネスの瓶が並んでいる。幾つものカンヴァセイション・ピース(話題の種になる品・肖像画)が部屋のあちこちに見事にアレンジされている中、禅林寺(永観堂)の「見返り阿弥陀」の写真(保田輿重郎の『日本の美術史』のグラビアだった由)がきちんと所を得ていた。修業の滞る永観に向かって「永観 遅し」と振り向いた姿なのだと云う。 アラジン・ストーブの青い焔とギネスの豊かな泡の中(気に懸かる事と言えば、倚り掛かると崩れ落ちる本の山だけで・・・)、書物や絵・音楽等の話題が延々と続くのであった。 そのM君が仙台を離れるに当たって本の整理をした。古本屋を何度もリヤカーで往復して崩して行った本の山の奥から、一匹の蝙蝠(こうもり)の屍骸が出て来た。ガラスの菓子瓶に入れて見たそれは、まるで一篇の象徴詩の様にも思え、愛用のイーゼルとともに私はそれを貰って帰ることにした。自分の下宿に戻り、庭の 山茶花の根元にそれを埋ずむべく、葉書に「カワホリ(蝙蝠の古名)君埋葬の儀」の旨をしたため、M君初め親しい友人達に通知した。 当日、数脚の椅子とポータブル・プレイヤーを持ち出したその鬱蒼たる庭で、M君送別の意も篭めたガーデン・パーティーはモーツァルトのピアノ・ソナタと紅茶の香に包まれ、暮れ行く春の夕べに山茶花の花片は、さながら紅雨のごとくに散り敷いていた。 ☆クイズ 文中、イギリスの女流作家の作品名①と、 イタリアの映画監督の作品名②があります。 共に魅惑的なそれらは、さて、どれでしょう? ★答 ①キャサリン・マンスフィールド作 『ガーデン・パーティー』(新潮文庫) ②ルキノ・ヴィスコンティ監督作品 『家族の肖像』 (英語版タイトル『Conversation Piece』) (「M高図書館報」January 20th. 2000)
情報センターの打ち合わせに行く途中 老舗の飴屋の前を通りかかった。 そうだ 寄宿舎にも顔を出すつもりなのだから 手土産に飴を買っていこう。 ニュースによれば 今日から煙草の値上げの由。 愛煙家の舎生諸君も 飴を舐めて渇をしのぐ人もいるか… ま、そんなことは分からねど 指導員の方々には 宵のつれづれのお茶の友 そんなことを思いつつ 二袋買って包んでもらう間 勧められた皿の飴を一粒 口に含んで一噛み、二噛み ん? 何だか違和感… 包みを受け取って 表さ出はれば まんどろなお月様 <*1> ではなくて、何やら飴にまとわる金属片 しまった、奥歯の詰め物が取れてしまった 寄宿舎でのひととき センターでの打ち合わせ(パワポのテスト等々) 出されしお茶も珈琲も ありがたく頂くには頂くけれど 即、口漱ぎに走るさま 歯科医に電話予約して 最終時間に駆け込んで 寝椅子に横たわって口を開け 人に任せるこの安心 突然耳に聴こえしBGMは 何と懐かしモオツァルトの 「デュポールの主題による九つの変奏曲」 その昔 学生時代の下宿の庭 カワホリ埋葬の儀の ガーデンパーティーに <*2> 友ら招きしその折の ポータブルプレイヤーに流れしは 春の憂刻 まさにその曲・・・ 嗚呼我ひとり此処に今 口を開けつつ横たわり 歯医者の寝椅子に かなしや至福・・・ ウン ここはやはり クララ・ハスキルで聴きませう バッハの演奏に重なる若きハスキルの映像も素敵です <*1> 「まんどろなお月さま」 高木恭造詩集『まるめろ』「冬の月」 今や書棚の堆積から発掘せずとも 電子版(1990年復刻版)で読めます。 「あヽ みんな吹雪(フギ)ど同(オンナ)しせエ 過ぎでしまれば まんどろだお月様だネ」 「まんどろ」とは おそらく「万灯篭」(のように明るい) ということでしょうねェ <*2> 「カワホリ君埋葬の儀」については 次回参照
インドの鉄道にはプラットホームのない駅が結構あった。列車が着くと窓の下をお茶売りが行き来する。 「チャイ~、チャイチャイ~…」どこかで聴いた懐かしい売り声。 昔日本でも列車の窓が開いた時代、同じく首から紐で掛けた箱を抱えて弁当売りがホームをせわしく売り歩いた。 「ベント~、ベントベントォ、オチャ~、オチャオチャ~…」 「茶」は中国に発してヨーロッパにまで伝播したのだが、北方陸路をたどった「チャー」と南方経路の「テー」に分かれる。同じ「茶」でも中国南北の発音の違いがそのまま移動した。北方経路ではロシアもインドも「チャイ」と言い、南方の海路経由ではフランスが「テー」、イギリスでは「ティー」となったのだろう。 チャイを飲んだ後、素焼きの容器は地面に捨てて割る。勿体無いような気がするけれども、線路の敷石に砕ける様は一種爽快感があった。 安宿に滞在時、夜中あまりに暑いので、フロントに冷たい水を貰いに行った。よこされたのが、やはり同じ赤土で焼いた素焼きの首長の壷。壷の表面に沁みた水が蒸発する時に気化熱を奪い、どんどん冷えていくのにはびっくりした。猛暑が続いたこの夏、あの素焼きの壷の冷たい水を懐かしく思った。 (500字) 一国の文化の伝播は同時に覇権の進展とも言える。 某国の「粛々とした」対応が萎縮恐縮の「縮縮」でないことを祈りたい。 その「シュクシュクたる対応」の某官房長官のコメントに 「了とする…」との字幕。 何を終わらせたのかと思いきや 「諒とする」の間違いですね、きっと。 かつて黒船到来に慌てふためいた幕府の役人達の心境も如何に と思われるけれども、当時の情けない対応とも見える中、 交渉に当たった当局の役人は、実際に腹を切ってもいたようだ。 <2010/09/27> 謝罪と賠償の要求に対し 某総理はきちんとNoと言った由。 ただ、こんな怖いCMもある。 「Never say No to Panda」 エジプトで販売されているチーズらしい。 歌はBuddy Hollyの"True Love Ways" 甘いラヴソング・・・。
白鳥の飛来地として知られる伊豆沼は写真家を魅する所でもあり、30年程前の冬、カメラ担いだ知人に誘われて出かけたことがある。前夜、近くの駅に降り立って宿に泊まり、払暁、水辺に赴いた。夜明けと共に一斉に飛び立つという雁を見るつもりが、環境変化のために塒(ねぐら)が分散したらしく、ついにその場面は拝めなかった。 例年にない猛暑の今夏、伊豆沼へ今度は蓮を観に行く機会を得た。小船で進むと極楽への途もかくやと思えるほどに一面の蓮…。開けた水面に出ればミズスマシが滑る中、やがて雨の滴が落ち、波紋が広がる…。耳の奥にラヴィ・シャンカールのシタールの音が響き、映画の一場面が浮かんできた(『大地のうた』1955年サタジット・レイ監督)。ベンガル地方の貧村に住む少年オプーと姉のドゥルガ。野を行く二人は電柱に耳を当て彼方の音を聴く。白いパンパスの野に黒煙を上げて走る汽車のシーンの美しさ。その後、病死する姉。バラモン職の父もガンジスの畔で聖典朗誦の後、息絶える。オプーはやがて汽車で都会に旅立つのだが、『大河のうた』『大樹のうた』と続く三部作に於ける鉄道は、何百年も変わらぬ生活様式の中を突き抜ける異界軸のように思えた。 (500字) 『大地のうた』(Pather Panchali) 字幕なし <どういうわけかpart2以下削除されてます。2010/09/24> part1 part2 part3 part4 part5 part6 (電柱と汽車) part7 part8 part9 (蓮池と雨) part10 (姉の死) part11 part12 『大河のうた』 (Aparajito) 英語字幕 part1 part2 part3 part4 (父の死 ただし上記その場面の記憶は曖昧でした) part5 part6 part7 part8 part9 part10 (母の死) 『大樹のうた』(Apur Sansar) 英語字幕 part1 part2 part3 part4 part5 part6 part7 part8 part9 part10 part11
地下鉄の座席で、ふと思った。自分は今、地面の下を横向きに座ったまま高速で飛んでいるのだ…。子供の頃バスに乗っていて覚えた不思議な感覚が蘇ってきた。地上を走り歩き、あるいは這っている動物が、飛ぶように平行移動するこの感覚。むしろ鳥ならば当たり前かもしれないこの浮遊感覚を、いつのまに人は受け入れることができるようになったのだろうか。地下に伸びるチューブを疾駆しつつ、この不思議な感覚は奇妙な生理感覚としていつまでも消えない。翌日、車両の一番前に立って運転席の前方をみつめた。スーッと滑り出した車両は闇の中をひた走り、やがてボーッと輝く次の駅の明かりが見えてくる。体内に埋め込まれた一本の神経組織を走るパルスのように、この地底列車は暗く長い管の中を滑り行く。鬼火のように灯った駅が幽霊の姿で列車を待ち受ける。いや疾駆する列車が幽霊か…。英語のゴーストに相当するドイツ語のガイストが精神という意味だということを、今、自然に納得することができる。 「血があつい鉄道ならば 走り抜けてゆく汽車は いつかは心臓を通るだろう…」 「地を穿つ寂しいひびき」とともに、寺山修司の『ロング・グッドバイ』の一節が頭をよぎった。 (500字)
若い双子の知人が鉄道関係のブログを始めたようです。 (「MTK上杉電車区」) 当方にも列車の場面が登場する500字雑文(『鉄路物語』)が 少し溜まったのでこちらに転載させてもらうことにしました。 新たに「鉄路物語」のカテゴリーを立てましたので 過去の日付の順にさかのぼって埋め草と致します。 鉄道関係と言えば 『RAILWAYS』(錦織良成監督) 本日より全国ロードショーとのこと ”49歳で電車の運転士になった男の話” だそうな。 島根県を走る一畑電車が舞台 監督もまた島根県(出雲市)出身。 今気付いたのだけど "RAILWAYS"には "ALWAYS"が入っている・・・
二月の「夜が明けたら」以来 三月、四月とご無沙汰してました いつの間にやら 五月も下旬に向かおうとしております いつになったら夜が明けるのか・・・ とのご心配も頂いたとすれば 大層失敬いたしました。 それこそ浅川マキの歌う 「さよなら三角 また来て四月・・・♪」 <*> 花と涙の離任式を三月末に終えて 定年退職の区切りを致しました。 この四月からは 清流のせせらぎ聴こえる河畔の ミッションスクールにて非常勤のおつとめ 既に新たな流れも二ヶ月が経過しようとする中 櫻もいつしか花の時期を終え 霧雨煙る空のもとに 桜餅の葉の薫りを漂わせております あたまとからだのモード変換も 今しばらく調整中にございますれば 今後ともよろしくお願い致します。 <*> 寺山修司の歌に 「古着屋の古着のなかに失踪し さよなら三角 またきて四角」 そう言えば 二月に浅川マキの『かもめ』を聴いた時に連想したのは やはり寺山の次の歌でした。 「人生はただ一問の質問に すぎぬと書けば二月のかもめ」 それともう一つ浮かんだのは Aengusさんとやらのネームと白いカモメとの連想から イェイツの詩の次の一節。 ...... And when white moths were on the wing, And moth-like stars were flickering out, I dropped the berry in a stream And caught a little silver trout. ...... ( W.B.Yeats "THE SONG OF WANDERING AENGUS") 「・・・そして白い蛾が飛び交い、 さらに蛾のような星々が瞬きはじめるとき、 私は木苺の実を流れに落とし 銀色の小さい鱒をつかまえた。・・・」 (「彷徨えるイーンガスの歌」より)
とあるフォトギャラリーで植田正治の写真集を手にした。頁をめくるたびに展開するのは、砂丘に居並ぶ家族、大空に傘を飛ばす紳士…。地平線の上に跳び上がった少年は狐の面を被っている。デザインされた配置の裏に隠されたストーリーがそれぞれに動き始める。彼は映画を撮ろうとは思わなかったのだろうか。そんな思いの中、まさに「砂丘シリーズ」など彼の写真集をベースに創られたDVDを観た。三十六分の映画『つゆのひとしずく~植田正治の写真世界を彷徨う~』 冒頭、主人公が古めいた煉瓦造りの建物に入ると、室内は骨董と古書で埋まっている。取り上げた一冊の書物の頁にはモノクロの駅舎と列車を待つシルエットの男。主人公がかざす天眼鏡の視野の中で汽車の音が響き始める。頁から滑り落ちた「蓬莱~露雫」間の切符を手に、主人公もまた写真の世界に入っていく。 監督主演は鬼才佐野史郎、今は亡き加藤和彦が付けた音楽も素晴らしい。そして作品中の言葉は小泉八雲の随筆『露の一滴』から採られていた。「やがてはその妖しい色とさかしまの絵と共に消え失せてしまう」ところの露のひとしずく…。 なるほど、監督は小泉八雲と同じく島根県松江市に因縁を持つ身であった。 (500字)
若い映画人集団が手掛けたその作品の記憶は既に遠い彼方のことであるのだけれど、今に至るも妙に鮮明な印象を伴っている。筋の詳細は忘れた。幾本かの作品が融け合ってもいる。ただ、ドタバタめいたその手法も、熟してはいない各々の演技も、まるで掛替えのない人生の証拠のように、フィルムは自らにそれらの定着を許していた。 何やら判らぬ衝動と責務感にアパートの廊下やエレベータを駆け周り、美術館の周囲を駆け抜け、いつしか舞台は列車の中。回覧板を届けなければならない少年に迫る聖書研究家の少女と赤いベレー帽の怪人。車窓風景はどこまでも明るい緑と空。やがて海辺の駅に降り立った三人は、どこからともなく現れた神輿(みこし)の集団と合流し、笑いつつ踊りつつ海岸の砂にまろびつつ、フェリーニ的大団円の中に一切の不安を解消していく。渚に寄せる波はフィルムの耐性を凌駕した色に泡立ち、いつしか迫る夕暮れ色に融けていく。海岸に展開するその祝祭の風景をカメラは俯瞰しつつ海の彼方にパンしていくと、そこには、大海原を切り裂くようにして一艘の船が航行している。嬌声乱舞の海辺の音が消えていくにつれ、白波を上げて航行する船が悠然と画面をよぎるのであった。 (500字)
東北新幹線MAX やまびこ号は二階建て。階段を降りて下階のシートに座るとホームを見上げるような感じで、むしろ地下といった趣き。車内販売のカートもエレベータで降りてくる。窓辺のウヰスキーフラスコもいつしか空いて、ドアが開きカートが見えたように思えた時、異様な震動が走ってスピードが緩み列車は停車した。車内灯がフッと消えて数個の非常灯が天井に灯った。他に乗客も居ずガランとした中、車体に不気味な震動が走っている。車内販売は何事もなかったかのように通路をやってくるのだが、胸元の開いたロングドレスの女性が静かな歌を口ずさんでカートを押している。 "♪ In Dublin's fair city, where the girls are so pretty... Cockles and mussels, alive, alive oh!" 活きの良い貝やら何やら手押し車で引き売りしていたモリー・マローン、熱病で死んだ後もダブリンの裏通りに現れ続け、今や表通りに銅像となっている… 非常灯も消えて辺りは闇の中、しばらく車内に貝の匂いが漂った。やがて天井灯が一斉に灯り、車内放送が言う。「只今、地震のために緊急停車を致しました。安全が確認されましたので発車致します。お急ぎのところ大変ご迷惑をお掛けしました…」 (500字) ![]() 「夜が明けたら」 作詞・作曲・歌 浅川マキ 夜が明けたら 一番早い汽車に乗るから 切符を用意してちょうだい 私のために一枚でいいからさ 今夜でこの街とはさよならね わりといい街だったけどね 夜が明けたら 一番早い汽車に乗って いつか噂に聞いたあの街へ あの街へ行くのよ いい人が出来るかも知れないし あの街へ行くのよ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ この一ヶ月ほどの間 浅川マキに似た人を 街で二度見かけた(気がする)。 まだ歌っているのだろうか と思ってネット検索してみたところ 既に1月17日に亡くなっていたことを知った。 名古屋公演の最終日、リハーサルに姿を見せないので 不審に思ったスタッフが確認したところ ホテルのバスルームで死亡していた由、 急性心不全とのこと。 1970年のファーストアルバム<*1>から聴いていた。 寺山修司の映画『書を捨てよ街へ出よう』(1971)では 暗い階段に座っている占い女(娼婦)の役で出演、 ジャケットの写真そのままの格好だった。 70年前後のアングラ文化の中に登場して 息の長い歌い手だったと思う。 インドの歌「GOVINDA」<*2>も 彼女の歌で知った。 3月4日(木)12:00-20:00 新宿ピットインにて「献花の場」が催される由 一番早い汽車に乗って どのあたりまで渡ったころだろうか・・・ <*1> 1stアルバム『浅川マキの世界』 「夜が明けたら」 「ふしあわせと言う名の猫」 「赤い橋」 「かもめ」 などの代表作を収録 <*2> 2ndアルバム『MAKIⅡ』に 「少年」 「花いちもんめ」 「港の彼岸花」 などと共に収録
停まったホームを眺めやると「国府津(こうづ)」という駅名。名所を示す札に「富士山」の文字が見えた。「降りよう」と友に言うと、バッグを肩にホームへ飛び降りた。前もって地図や路線を調べることもないまま、漠然と富士に近づく列車に乗っていたのだ。窓枠に置いたウヰスキーボトルも、既に空になっていた。 鎌倉から藤沢にかけて車を走らせてくれたM君は、富士を観る絶景のあちこちにポイントを定めてくれるのだが、一向に雲は切れなかった。それで、日を改めて列車で近づくことにしたのだ。御殿場線は富士を拝謁するかのようにゆっくり巡る。だが、その山容は写真などで見慣れた美しさではない。稜線が瘤のように不細工だったりもする。「富士山は遠きにありて思うもの…」などと口中に呟いてみるのだが、次第につのるそのリアリティは、いつしか美醜を越えて迫り来る。何だ、一体これは何なんだ…。 友は窓辺に張り付いている。やがて富士は左右に稜線を開いてその全容を示す。夕陽が冠雪を照らす頃、列車はゆっくりと裾野から離れていく。まさにその裾野駅で下り列車に乗り換えた我々は、今度はヘリオトロープ色に暮れ行く富士を眺めながら帰路に着いたのだった。 (500字) ![]() (縦長の原画の上下を賀状用にカットしました) 鎌倉末から南北朝にかけての禅僧画家、黙庵。 元に渡って彼の地で水墨画家として活躍、帰国を前にして客死。 左右に寒山拾得を従えた豊干が虎と眠る「四睡図」は 同題の他の作品に比しても秀逸。 こんな風に安らぐ境地は、俗世に生きる者には羨ましい。 これも修行の賜物だとすれば諦めるより他ないのだけど・・・ 蜀山人だったか誰だったか 「楽しみは 後ろに柱 前に酒 (「柱」とは主賓席を示す床柱) 左右に女 懐に金」 という狂歌があるけれど それに倣えば・・・ 後ろに竹林 前に酒 左右に寒山拾得 肘掛に虎 ・・・と、これでは「四酔図」。 禅の佳境に盃を配してしまうのは (ついでに原画は竹林でもありません) 正月の酔いに免じて頂きまして 本年もよろしくお願い致します。 *豊干(ぶかん)、寒山拾得(かんざん・じっとく) 鴎外の『寒山拾得』に、彼らの様子が窺えます。 確か、虎も出てきたかと・・・。
父親の転勤で九州から東京に転校することになった小学生の男の子は、汽車が関門海峡を渡ることに思いを凝らしていた。地図で見ると、門司と下関の間に鉄橋はない。汽車は海底に沈まなければならない。トンネルという概念が少年の頭には浮かばなかった。少年にとってトンネルとは、山に掘られたものであって海の中に存在するものではなかった。汽車は海底を走ることになるのだ。その時、窓はきちんと閉めなければ…。汽車の窓は水が入らないようになっているのだろうか…。夜の車窓を眺めながら、少年の空想は心配から不安に変わっていた。 彼は独り遊びに没頭する少年だった。ある夏の日、彼は風呂桶にプラスチックのケースを入れて遊んでいた。ケースに入れる水の量で、それは浮いたり沈んだり、或いは微妙に水中を浮遊した。適量の水を入れることによって、ケースはピタリと水中のどこにでも止まるに違いない。少年はその「適量」を求めて実験を続けた。浅い位置では適量であっても、しかし深い所に置くと水圧で空気の量が減って浮かんでは来なかった。 睡魔が「海底鉄道」の不安を救った。明け方に少年が目を覚ますと、穏やかな瀬戸内海を横目に汽車は何事もなく走っていた。 (500字)
今宵満月 東天にくっきりと浮かんだ銀盤を 退勤の道すがら 横断歩道で暫く見上げていた。 あっという間に師走も二日 銀杏並木が根元に葉を落とすころ いつの間にか 憂国忌もとっくに過ぎていた。 街中の歩道を掃除するベッポーおじさんも 毎月職場に届く教会の点字読本の表紙にも 曰く 「取敢えずの目標は眼前の数歩先でよい」 なるほど そうかもしれないが 次々に現れる波は遥か遠くからやってくる その彼方まで見通してみたい気もする ただそれは メールシュトレームの大渦巻きを覗くようなもので 本来 人の感性の許すところではないのかもしれない ところで 先日来眼を通した中で 飛行機乗りの作品が 三つ重なった ・『ゼロファイター 大空を翔ける男』(茶木寿男 長崎出版) ・『OVER TO YOU(飛行士たちの話)』(ロアルド・ダール ハヤカワ文庫) ・『TWELVE O'CLOCK HIGH(頭上の敵機)』(ヘンリー・キング監督)<*> (H.E.Batesの短編集を先日から書棚に探しているのだけど 求める一冊が出てこない。彼も又、飛行機乗りだった) 前方数歩先だけ見ていればよい地上と違って 四方八方彼方まで見通して対処しなければ撃墜されてしまう その緊張感を想像するだに眩暈がする 天空を渡る月も そうなのだろうか ジョルジュ・メリエスの『月世界旅行』のように 激しく弾丸は撃ち込まれないとしても 宇宙空間の無言の飛遊は さぞかし 身を切る眩暈であろうと思う 空を飛ぶ虫一匹にも もしかして その眩暈があるのかと思うと 大したものだと思う あ そう言えば 三島忌にいつも飛ぶ 雪虫も 先日一匹見たのだった <*> 『鉄路物語』No18 「頭上の敵機とマキシマム」
膝の上にその包みを抱えたストーヴァルは、アーチベリーの駅名を見上げた。一九四九年倫敦、骨董屋のウィンドウ片隅に見出した連隊生活思い出の壺を抱いて、彼は列車を降りた。かつて飛行場だった郊外のその場所に立ち尽くして思いに耽るうち、生い茂る草が突然強い風に吹き倒れる。カメラがゆっくりと上空にパンすると、爆撃機の編隊が次々と飛行場に降りてくる。 ヘンリー・キングの名画『頭上の敵機』は、組織のリーダー像を描いて秀逸。リーダーの在り方によって如何に一つの集団がその技量を発揮しうるか。ただ、グレゴリー・ペック演ずる鬼の准将サヴェージに生じた突然の異変は、"Maximum Effort"がもたらす悲劇と個人の危機管理・心的ケアの問題をも暗示していた。「極限の努力」を集団と自らに課し続けたことによる神経の破綻、椅子に貼り付いたまま硬直した彼の“He's up there with the mission(精神は出撃している).”という様相は痛ましい。 助演男優賞の副官ストーヴァルを演じたディーン・ジャガーの抑えた演技も又秀逸。物語の枠としての彼の存在が丁度絵画の額縁の如く映画を縁取り、深い余韻を醸していた。 (500字)
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